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ショーディッチ&ブリックレーン:重ね書きされた街 · 3

ひとつの建物、四つの名前

第3話 · ブリックレーン59番地の300年

FitTrip編集部 · 2026.07.16

ブリックレーン59番地の建物は1743年にユグノーの礼拝堂「ラ・ヌーヴ・エグリーズ」として建てられ、19世紀初頭に宣教会チャペルとメソジスト礼拝堂を経て、1890年代にマチケ・ハダスの大シナゴーグとなり、1976年からブリックレーン・ジャンメ・マスジド(モスク)として使われている。外壁の日時計に刻まれたラテン語「Umbra Sumus(我らは影である)」がこの300年を要約する。

ブリックレーン59番地、フォーニア・ストリートの角のレンガの建物の前に立てば、このシリーズ全体をひとつの場所で読める。同じ壁の内側で、四つの宗教共同体が順に祈りを捧げてきたからだ。

重ね書きされた建物

この建物は1743年、ユグノーの礼拝堂「ラ・ヌーヴ・エグリーズ」として建てられた 事実。1809年にはユダヤ人宣教会のチャペルとなり、1819年からメソジスト礼拝堂として使われた 事実。1890年代には東欧系正統派共同体のマチケ・ハダス大シナゴーグとなり 事実、1976年にバングラデシュ系コミュニティが買い取り、ブリックレーン・ジャンメ・マスジドとして再び開いた 事実。ユグノーの礼拝堂がシナゴーグになり、モスクになる — 移民の層がレンガひとつにそのまま残った。

我らは影である

外壁の高い場所の日時計には、1743という年号とともにラテン語「Umbra Sumus」が刻まれている 事実。「我らは影である」。どの共同体もこの通りに永遠には留まらなかったことを、建物が自ら語っている。

よくある質問

建物の変遷を順に教えてください。
1743年ユグノー礼拝堂(ラ・ヌーヴ・エグリーズ)→ 1809年ユダヤ人宣教会のチャペル → 1819年メソジスト礼拝堂 → 1890年代マチケ・ハダス大シナゴーグ → 1976年からブリックレーン・ジャンメ・マスジドです。
内部は見学できますか?
現役のモスクなので常時公開施設ではありません。礼拝時間を避けて外観と日時計を見て、コミュニティの行事やツアーの有無を確認するのがよいでしょう。
日時計の文言の意味は?
ラテン語「Umbra Sumus」で「我らは影である」という意味です。1743年の建立時に刻まれ、この建物を通り過ぎた共同体の歴史と重ねて読まれます。

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