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草梁:階段の上の都市 · 2

1950年、山へ登った人々

第2話 · 避難首都の層

FitTrip編集部 · 2026.07.18

朝鮮戦争中、釜山は二度にわたり計1,023日間、臨時首都(避難首都)だった。人口が爆発的に膨らみ、平地に収まらなかった避難民たちは山肌にバラックを建てて暮らした。草梁をはじめとする山腹道路の街々は、この避難の地理が都市として固まった姿だ。この遺産は「朝鮮戦争期避難首都釜山の遺産」の名で2022年にユネスコ世界遺産暫定リストに載り、2025年11月に優先登載リストに選ばれ、登載手続きが進行中である。

草梁の階段を登る前に、この階段がなぜ存在するのかを知っておくべきだ。答えは1950年にある。

1,023日の首都

朝鮮戦争が勃発しソウルが陥落すると、政府は釜山へ移った。釜山は二度にわたり計1,023日間、大韓民国の臨時首都 — 避難首都 — だった 事実。戦線が洛東江まで押し込まれる間、全国の避難民がこの都市に押し寄せ、人口は収拾のつかない速さで膨らんだ 事実。

平地が尽きて、階段が始まった

平地はすでに満杯だった。行き場のない避難民たちは山肌へ登ってバラックを建て、取り壊しと再建を繰り返しながら、あの斜面は今日の山肌の街になった 事実。斜面の集落をつなぐため山の中腹に通した道が山腹道路だ 事実。草梁の168階段(第3話)は、山の上の家と下の埠頭の仕事場を結んだ避難生活の動線そのものだった 事実。

記憶が遺産になりつつある

この避難の地理はいま「朝鮮戦争期避難首都釜山の遺産」の名でユネスコ世界遺産登載が進められている — 2022年12月暫定リスト、2025年11月13日優先登載リスト選定、2026年9月予備評価申請予定 事実。バラックの記憶が世界遺産候補になるまで75年 — 草梁を歩くことは、その75年を階段で登ることだ。

よくある質問

避難首都とは何ですか?
朝鮮戦争でソウルが陥落すると政府は釜山へ移り、釜山は二度にわたり計1,023日間、大韓民国の臨時首都の役割を果たしました。政府機関と避難民が一度に押し寄せ、都市のかたちそのものが変わりました。
山腹道路はなぜ生まれたのですか?
避難民が急増したのに平地はすでに満杯で、人々は山肌にバラックを建てて暮らし始めました。その斜面の集落をつなぐため山の中腹に通した道が山腹道路で、草梁はその原型にあたる街のひとつです。
ユネスコ登載はどうなっていますか?
「朝鮮戦争期避難首都釜山の遺産」が2022年12月に暫定リスト入りし、2025年11月13日に優先登載リストに選ばれました。2026年9月に予備評価の申請が予定されています(2026年中頃時点 — 以後の日程は変動の可能性あり)。

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