バーモンジーの二番目の生産の層は甘かった。年配の住民はいまもこの街を「ビスケット・タウン」と呼ぶ — 風向きによって街全体が焼きたてのビスケットの匂いに包まれた時代の名前だ。
126年の工場
ビスケットメーカーのピーク・フリーンズは1860年代、クレメンツ・ロード一帯に大型統合工場を建て、この工場がバーモンジーに「ビスケット・タウン」の異名を与えた 事実。ガリバルディやバーボンといったビスケットがここで生まれ、世界へ輸出された 事実。工場は1989年5月26日、126年の歴史に幕を下ろした 事実。
記憶を焼く人々
旧工場は「ザ・ビスケット・ファクトリー」の名で再開発が進み 事実、その一角には元従業員と地域住民が運営するビスケット博物館があり、工場時代の機械や写真、包装紙を保存している 事実。訪問前に開館日の確認が必要だ 未確認。革(第2話)が通りの名として残ったなら、ビスケットは街の異名と住民の記憶として残った — 同じ喪失を違うかたちで保存する二つの方法だ。